「男」とは,「LUPIN THE ⅢRD 次元大介の墓標」 感想レビュー【ネタバレ】

「峰不二子の嘘」の劇場公開合わせて,「次元大介の墓標」「血煙の石川五ェ門」がリバイバル上映されている.以前からこのシリーズを追いかけていたが,「不二子」を観たら今一度見直してみたくなったので二つとも金払って観てきた(特別興業らしく「不二子」より安い1200円).この記事では「次元大介の墓標」をレビューしてみたいと思う.

 

超ざっくりストーリー

東西に分かれた「ドロア」という国を舞台に,歴戦のスナイパー「ヤエル奥崎」に命を狙われることになった次元とルパンコンビの戦いを描く.その戦いの中で世界一の治安を誇る「ドロア」の真実,ヤエル奥崎の凄腕の理由が明らかになる.

ざっと書くとこんな感じのストーリーだが,物語序盤から巧みに張り巡らされた伏線,無駄のない描写,勝利のロジック,何もかもが華麗に作りこまれている.

観客を引き込む巧みな構成

序盤からルパンが街のいたるところから視線を感じているような描写が挿入される.

最初はビルの一角から視線を感じるが,その直後にビルから狙撃するヤエル奥崎の描写が挿入されるため,その時点で観客はそれが何か重要な描写であることには気づきにくい.

その後のトンネル内でルパンが視線を感じる描写においても,ヤエルとのカーチェイスの最中であるため,基本的に観客はそのことに注意を払っている暇がない.

つまり,伏線が張られていても観客が感じる違和感や注意を一瞬だけルパンとリンクさせながら,その直後にはほかの描写のインパクトで上書きさせることで,トリックに観客をハメることに成功しているのである.

そして物語の最期に訪れるネタ晴らし展開において観客は初めて

「うわぁ,してやられたぁ」

と,この話運びの巧妙さに気づくことになる.しかも,一緒に違和感を覚えていたはずのルパンは

「いや,俺は最初から気付いてぜぇ?」

と,言わんばかりに伏線描写をすべて拾い集めながら謎解きを始めやがるのだ.

ルパンと一緒に,観客を完全にこの世界に没入させながらも,謎解きフェーズではルパンの一枚上手感を演出される.
つまり,今度は謎解きをされている敵キャラ,ヤエル奥崎側の視点で観客は「狐につままれる」体験をすることになるのである.

何というか本当にお見事としか言いようがない.完全に観客を引き入れ,その中で翻弄する展開.なぜか鳥肌と爽快感が同時に襲ってくる.

本シリーズが描く,「男とは何か」

今回の主役である次元が戦う理由は単純な話,女のためである.次元に個人的にボディガードの依頼をし,東西ドロアの平和を願いながらもヤエル奥崎に暗殺されたクイーンマルタ.彼女の無念を晴らすことが次元の行動原理である.一見ただの敵討ちの話に聞こえるかもしれない.

しかし,クイーンマルタ,ヤエル奥崎というゲストキャラと次元の関係を通して,作り手側,そして次元が持つ「男」のビジョンが見えてくる.

・次元にとっての「男」と,ヤエル奥崎

改造ライフルや防犯システム,一発装填銃を駆使して暗殺を行ってきたヤエル奥崎.次元の雇い主クイーンマルタも手にかけた.彼との初戦で敗れ,同じような銃で迎え撃つことをルパンに提案されながらも次元はそれを断固拒否した.

「俺に言わせりゃ,ロマンに欠けるな」

このセリフが示す通り,次元にとって女に手を出したり,合理的な手段に頼るやつは男では無いのだ.ヤエル奥崎はこの物語において,次元というロマンチストに対するアンチテーゼであり,「男とは何か」を示す上で重要な位置づけの人物となっている.

これはシリーズを通して強く主張されてきたところだが,ハードボイルドが売りのこのシリーズにおいて一つ重要なテーマとして「男の性」が描かれていることが分かる.

・女の前での男

女が絡むと中々素直になれないなんてのは男ならいくつになっても変わらないものである.作中の次元も同じだ.「クイーンマルタのために」なんて絶対に言わない.だが次元の言動に照れ隠ししてしまう男の側面が見え隠れする.


決闘後,クイーンマルタ暗殺が陰謀であったことをマスコミにリークした理由を問われ次元が言ったセリフが

「俺はただ,うめぇタバコが吸いたいだけだ」

である.本当にシビれた.まさに男としての自分を貫きながら,女のために尽くす.これぞ男のロマンである.

「ルパン三世とは何か」を再認識させるラスト

これだけ男のリビドーを刺激してきた挙句にやってくるラストシーン,「うめぇタバコが~」の後に,カラミティFile(要人の暗殺依頼が乗った文書)を燃やしながらルパンが発したセリフに衝撃が走った.

「俺たちゃ別に正義の味方じゃねぇ」

ルパン三世という物語のあり方を示す一言.作中の二人のメチャメチャカッコいい活躍をさんざん味わい,満腹になった観客を一気に現実に引き戻す一言である.

彼らは正義の味方でもないし,暗殺をけし掛けた連中を裁く権利など持つはずもない「一介の泥棒と,一介のガンマン」なのである.義賊的でありながらも反社会的な危うい立ち位置にいる彼らがなぜ僕らを魅了するのか,その理由がすべてこのセリフに集約されているといっても過言ではない.

まとめ

以上「LUPIN THE ⅢRD 次元大介の墓標のレビュー」をしてみた.普遍的な男の理想像が集約されたまさにハードボイルドを体現する作品だった.いい具合にストーリーを忘れていたし,この機会に劇場の大スクリーンで見ることが出来たのは,新たな発見もあって本当に貴重な体験だったと思う.

最初でも言った通り,「不二子」の上映期間中は「五ェ門」と一緒にやってると思うので,これを機に皆さんも足を運んでみてはいかがだろうか

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