ワンパンマン2期最終回(24話)感想,ガロウ編はアニメ化に向いてない

先日最終回を迎えたアニメ,ワンパンマン2期

「え,これが最終回なの?」っていうくらいにサラッと終わったように思えるし,個人的に最終回感が全然無いなぁ感じてしまった.

今回は最終話の感想を語ると共に,前から描こうと思っていた,「ガロウ編はアニメ化に向いていないのではないか」ということについても話す.

よろしければワンパンマンに関する前記事
画よりも「熱」を再現しろ,ワンパンマン2期が酷いワケを考えた【演出編】

も併せて観ていただきたい

24話の感想

・アニメーションの躍動感

正直,過去の記事でも散々言ってきた,「作画だ,演出が」とかこの期に及んで言うつもりは無い.

むしろその辺は,最後の3話あたりは凄く頑張ってたし,カッコいいと思う場面もいっぱいあった.例えば,22話のガロウとガトリングチームの戦いの序盤

太い輪郭線と丁寧なアニメーションでガロウの雄たけびが描かれるとともに,

ヒーローたちに襲い掛かるシーンでは背景動画を使ってガロウとヒーローたちの間合いが一気に詰められる描写が描かれた.

止め画を多用していた初期のころとは完全に一戦を画す熱量でガロウの活躍が描かれる.

続く23,4話でも彼とバングやジェノスとの戦いは大迫力だった.
特に24話の師弟同士での流水岩砕拳の打ち合い

最終回の見せ場はこの師弟対決に集約されていたように思える.

ただ流石に,最後のサイタマのマジ殴りの1期OPオマージュはクサかった.「そういうことじゃないんだよなぁ」っていうね.

とにかく最終回付近での丁寧なアニメーションの数々には,アニメーター達の底力を感じるし,前の記事でもJCのプロデューサーが言ってた「原作に忠実な描写への拘り」と躍動感あふれるアニメーションの両立が出来ていた.





だが,24話が最終話としてモノ足りるものだったかどうかは別の話だ.

・切り方が中途半端

中途半端,この一言に尽きる.

皆さんはあの最終回を見て「大団円だなぁ」という感想を持っただろうか.

僕は持たなかった.ムカデ長老がガロウとの戦いに割り込んできて,ジェノス,バング・ボンプ兄弟が苦戦しているところにサイタマが割り込んできて殴って終わり.
ガロウは怪人協会に拉致されて続きは3期で,みたいな.

早い話が
「みんな続きがあることは知ってるだろうから,中途半端で終わるけど勘弁してねっ」ていうオチだったわけだ.

これ,一つのアニメ作品としてまとめ方が雑すぎると思う.

そもそも
ムカデ長老を倒すこと自体,このガロウ編においてそこまで重要なことでもないし肝心のガロウはムカデ長老のクダリでは置いてけぼり.

で,誰がフィーチャーされるかと思いきや,ご存じ噛ませヒーロー,ジェノスの

「俺では勝てないのか...」

みたいな使い古された展開がまた描かれるだけ,何度やるのこのクダリ,もういいよ.


とにかく,
こんなところで切られても何のカタルシスも感じねぇよ
そいつ倒したからって何にもハナシ解決してねぇよ

ってところで終わっちゃったからどうしても中途半端感は否めない.これに関しては一概にアニメの方が悪いわけではないが.

原作ガロウ編構成の問題

ここからはアニメ版ガロウ編の構成の問題について書いていく.だいぶ憶測が入っているのであしからず.

まず,大前提として原作のガロウ編(村田版)がまだ中盤というタイミングで,アニメ化してしまったのがそもそも痛かった.

2期アニメは最初からムカデ長老のクダリで終わらせるつもり,というかむしろ
2期アニメの最終回として持ってくるために村田版のムカデ長老との戦いが設定された

ということはだいたい予想がつくが,このタイミングで一旦切るという構成が雑すぎる.先ほども述べた通り,ムカデ長老の話で終わっても明らかにキリが良くない.



恐らく,村田版ワンパンマンのガロウ編以降はアニメ化前提で
制作会社や編集部,作者がネゴシエーションを取りながら連載を進めていることは想像に難くない.

それならもうちょっと原作の段階で,アニメの方が上手くまとめられるようなキリの良い構成にできなかったものだろうか.


「とりあえず,2期では最後まで描き切れないんで,アニメ最終話用の見せ場を原作でも作っときましょう」みたいな,そういう交渉が裏であったのではないかと勘ぐってしまう.

ガロウ編はアニメ化に向いてない

ココからは2期アニメを通して思った,ガロウ編がアニメ化に向いていないのではないかということについて理由と共に述べていく.

・ワンパンマンは群集劇

意外とあまり語られないが,ワンパンマンは紛れもなく群集劇,群像劇である.

群集劇とは
メインのストーリーと共に,登場人物の内面や葛藤が展開の中で描かれ,それが話の大筋に大きく影響を与えていく物語のことである.

ワンパンマンでは,メチャメチャ強い主人公が設定されていながらも,サイタマ自身は余り描かれず,事実上の主人公はそれぞれの中編エピソードごとに異なる

ジェノスやバング,ジーナスや無面ライダーなど,彼らの内面や葛藤,生き様などが話の中心になっており,彼らこそが主人公.それがワンパンマン1期に当たる部分の基本構造だった

話の構造的には浦沢直樹の「YAWARA!」に近いかもしれない.


・例えば深海族編

このエピソードの主人公は紛れもなく無面ライダーだ.

イナズマックスやスネック,ジェノス,その他シェルターに避難したヒーローが次々に倒れる中,無面ライダーは倒れても倒れても立ち上がる.

動機や覚悟,パワーなどで何かしらの欠点を持つヒーローたちが深海王にかなわない中,明らかに一番弱い無面ライダーが

「勝てる勝てないじゃなく,ここで立ち向かわなきゃならない」
というだだ一点のみで怪人に立ち向かい,人々の心を撃つ.

つまり,「ヒーローとは何か」というテーマを他のヒーローと対比しつつ,無面ライダーの生き様を通して描かれたのがこの深海族編なのである.

・ガロウ編は群集劇としての魅力が半減

前述のように,「ワンパンマン」はそれぞれの中編ごとに主人公が入れ替わり立ち代わりし,その内面と共に各編のテーマが描かれる漫画であることが分かる.

ではガロウ編ではどうだろうか?

結論から言ってしまうとガロウ編はほとんどガロウしか描かれないのだ

群集劇,つまりその名の通り,多くの登場人物の思惑や内面が描かれることで話が進行していくことが,ガロウ編より前のワンパンマンの魅力だった.

ところがガロウ編になると,戦闘中の内面描写,モノローグ,回想などほとんどがガロウ視点である.

しかも,だいたい同じ視点でずーっと話が続き, 長ければ長くなるほどガロウの怪人哲学は説教クサくなる

つまり,それまでの中編サイズの群集劇という分かりやすく,テンポのいい話運びが売りだったストーリーが,割と単調で冗長な展開が中心となってしまったのだ.

・冗長に拍車をかける村田版

村田版ガロウ編は何をやっているのかというと,

前述したように恐らくアニメ化が前提のため,アニメ映えする展開をやたらと挿入する.


これは今までの村田版におけるオリジナル展開などでも説明が着く.金属バットとガロウの戦い,童帝とフェニックス男との戦い,フラッシュと「里」の忍者の戦いなどがそれだろう.

だが見ての通り,明らかに冗長さに拍車を掛けていることは言うまでもない

怪人協会アジトに潜入した後のS級ヒーローたちの活躍はONE版ではサラッと描かれることによって,割とテンポよく読み飛ばす程度に話を追えた.

だが,村田版では一人一人の活躍を濃密に描きすぎるために,ONE版をあらかじめ読んで知っている身からすると,一向に話が進んでいない感覚に襲われ,「長いわ..」となるのである.

ガロウ編がアニメに向かない理由まとめ

・ガロウ視点の説教クサいテーマにより長期化,群集劇の魅力がなくなる

・村田版はアニメ化を意識した改編でさらに冗長化,本末転倒な結果に

正直,こんな作り方してたらガロウ編のアニメが完結するのか分かったもんじゃない.

まとめ

24話の感想とガロウ編がアニメ化に向かないと思う理由について述べてみた.

正直総合的に1期には何一つ勝てていないアニメだとは思うが,前作のプレッシャーの中で凄く頑張ってはいたと思う.JCはよく頑張った.だからマッドハウス戻ってきて

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